2003年までの文章は雑誌からスキャニングして作成しておりますので、誤字がありましたら申し訳ありません。

リレー連載  暮らしと環境 最終回
脱!不健康住宅宣言
大江 忍
中部自然住宅推進ネットワーク事務局
ほるくす
 「新築病」「シックハウス症候群」「シックビル症候群」「室内化学物質汚染」などの言葉を一度は耳にしたことがあると思う。最近では、マスコミ各社がテレビや雑誌などで特集を組み、市民に告知され、社会問題ともなった。建築に携わる人であれば薄々は感じていたけど、ここまで問題になるとは正直思わなかったのではないであろうか。
 当初、この問題について取り上げることは建築界のタブーであり、批判発言に対して目に見えない圧力により通常業務に支障を生じたこともあった。5年前には、ここまで早く、住宅メーカーや建材メーカーが変化、対応するとは思いもできなかった。
 厚生省などによる「健康住宅研究会」においては、研究、検討の結果、WHOと同じ、ホルムアルデヒドの室内濃度指針値(30分平均値)を0.1mg/m3(室温23℃の下で0.08ppm)とした。あくまでも、規制値ではなく目標とすべき濃度であり、参考にしてくださいとのこと。ホルムアルデヒドはスケープゴートのごとく、すべての化学物質の代表として責任を負うことになった。もちろん、計りやすいということと、実際に多く検出されるからであろう。他の化学物質については、計測がしにくいこともネックとなり、当初、怪しいと掲げられたトルエン、キシレン、木材保存剤、可塑剤、防蟻剤については、新しい指針値は示されない結果となった。こういう規制はどんどん骨抜きとなり、何のための国の研究機関か考えさせられる。疑わしきは罰せずのようだ。
 原因の主なものは、内装に使用した新建材(合板)や塗料、クロスなどといわれている。最近では、F1合板も簡単に手に入るようになり、下地材や床に使用され始めた。また、ビニールクロスを貼る糊もノンホルマリンとなり、たしかに新築時の室内におけるホルムアルデヒド値は以前より下がった。現場調査をすると、2年前とはかなり変わり、指針値の0.08ppmを下回る値を検出するマンションなどもある。
健康住宅の登場
 今度は、この問題を逆手に取って、「我社では、F3合板の使用をやめ、F1合板を使用し、クロス糊もノンホルマリンを使用し、一部に無垢の板を張っていますので、健康で安全です」とのキャッチフレーズを掲げ、昨日までさんざん『不健康住宅」を販売していたメーカーまでが、アトピーや喘息などのアレルギー患者が治癒するかのごとくのPRをし、『健康住宅」を販売し始めた。
 予想されたことではあるが、ここまで各社が健康をうたい文句にするとは思わなかった。消費者がイメージする『健康住宅」の“健康"という言葉は『健康食品」と同じで、健康に対してプラスのイメージがあると思う。しかし、メーカーがPRする『健康住宅』は、あくまでも既存の型式において、一部の仕様変更を
しただけであり、以前より少しはましになったくらいで、『低不健康住宅」でしかない。ゼロに近づける努力は認めるが、決してプラスには転じていないはずである。
 また、高気密高断熱住宅で、「24時間換気システムを装備しているから安全で健康な住宅である」という論法の「健康住宅」もあるが、読み替えると「24時間換気していないと危険な家」でもある。批判するつもりではなく、あえて“健康”をキーワードとして利用することなく住宅を販売するべきではなかろうか。もともと住宅が人間の健康に対して危害を加えること自体が間違っているのではないか。建築士であれば、もう一度建築基準法の第一条『…国民の生命、健康及び財産の保護を図り…目的とする』を原点にかえって、読んでみてはいかがでしょう。
 一方で、自然素材を使えば健康というのも間違いの部分もある。適材適所に使用しないと自然の物の方が、アレルギー患者には危険なこともあるので、自然=安全ということは、全部にはあてはまらないケースもある。
フィールドからの警告
 実際のフィールドワーク(アトピー研建築班として参加)の中での例で「健康住宅」と設計図面に大きくスタンプされたA住宅メーカーの新築住宅で、患者が発生し、早速調査するとホルムアルデヒドは指針値を大きく上回る結果がでた。メーカーは、その結果に対して信頼せず、自社にて計測することとなった。結果は、自社で計測した結果がこちらの結果を上回るという皮肉な結末であった。ここでメーカーは白主的に改善の意向を示し、施主の要望にあわせて新築の内装をやり直すこととなった。このメーカーは非常に前向きであったが、他の例では、大きな住宅メーカーであっても、まったく関心を示さないメーカーもあった。ここで、いかにF1やノンホルマリンの建材を使用しても、総合すれば室内化学物質汚染は抑えられないケースもあるし、すべての人に当てはまる基準はないのである。基準値があるとすれば、それはゼロでなければ意味はない。住宅であれば、家族の個人ごとのカルテを作成し、対処すべきである。
建材の選択に注意 住宅建材例。木材はすべて三河材のヒノキ、杉を使用。外壁は竹子舞真壁裏返し、しっくい塗り。外部木部塗装は無公害塗料を使用
 建材を選択するにあたり、建材メーカーの良い点だけを並べた宣伝文句にだまされると、現場で苦労するのは設計者である。メーカーには食品と同じような成分表示を要求し、成分のリスクについても把握したうえで、施主に対して説明し、選択権を施主にも与えるべきである。
 いい例が珪藻土建材である。7年前に使用したとき、市販されているのは1社しかなかったが、現在では10数社あるようだ。中身は各社さまざまで、能力が優れている商品もいくつかあるが、なかにはまったく調湿しないメーカーの商品もある。正しい建材の知識を持ち、適所に使用できる知恵をもつことがこれからの時代、顧客に対する大きな武器ともなる。
完成前に調査を義務とする
 せめてホルムアルデヒドは計測してから施主に渡したい。引っ越してからでは遅すぎる。実際、家具やカーテンなど、持ち込まれた家庭用品からの放出も多く、建築の領域から逸脱する可能性もある。仕様書の完成検査にホルムアルデヒドの調査も項目として挙げてみてはどうであろうか。怖くてあげられないような建築は、将来自らの首を締める原因となりうる。
自然素材はコストが高い? 貫工法による木造住宅建築例。小屋組みには丸太(地松)を、柱はヒノキ、梁は杉を使用した
 自然素材を多く使用すると高いと思われている。果たしてそうであろうか。コストに対する2つの見方があると思う。
 第1に、時間軸をコストの考えに入れることである。平均30年で建て替えられる現在の日本の住宅ではなく、最低主要部分は60年以上使用できる建物をつくることにより、1年当たりのコストは半分となる。一世代ごとに、家を建築していては、いつまでたっても豊かになれないし、資源の無駄遣いである。
 第2に、土に戻るまでのコストを考慮に入れる。たとえば、今かかるコストの安いプラスターボードの家は将来分別が解体現場でも義務づけられたときは、仕上げに貼ったビニールクロスと紙と石膏を分けて処分しなければならなくなる。手作業でかかる分別作業コストは莫大な物となり、あげくに耐久年数が短いので、膨大なゴミを短期に生む。そのころには、現在の解体価格の3倍、4倍となってい
るかもしれない。
リサイクル建材は本当にエコロジーか?
 リサイクル建材の中には、次にはリサイクルできない商品もある。メーカーに処分方法を確かめ、最後には、ダイオキシンなどをだすことなく、土壌を汚染せず土へと戻る商品かを確かめて使用したい。腐らない物はそれなりに処分には困る物でもある。最近では環境ホルモンの問題もでてきて、安易に使用すると将来問題になりそうな商品も多くある。
人間の健康から地球の健康へ リビング。床はヒノキ板(厚15)、壁は杉板十しっくい塗り、天井は杉板(厚40)を使用。カウンターは大工によって製作(ヒノキ製)
 人間のための『健康住宅」ではなく、地球の健康(環境)に対して脅威を与えない思想を持って建築に携わりたい。いつまでも行動に移らないわれわれの世代のせいで、日本の赤字国債のように将来の子どもたちヘツケを送ることは恥ずべき事であり、デザインも確かに大事だが、環境もデザインに加えた設計をしなければならないことに気が付いた今こそ、建築家として行動すべきである。
 このままでは、精神的にも身体的にも貧しく不健康である。小さな流れであった環境をキーワードにした運動は臨界点に達し、21世紀にむけて大きな変化が起こることが予想され、今や本流になったと自覚している。
 今後、風土を知った地元に定住した建築家が住宅だけでなく、学校や図書館などの公共施設から、職場や共同住宅まで、国産材をはじめとした自然素材を使った安らぎのある豊かな生活空問を創造していくことを望みたい。