新連載 タイルの魅力
ピラミッド地下内壁に始まるタイルの歴史
後藤 泰男|蟹NAX タイル建材事業部
1922年(大正11)4月、平和記念東京博覧会の開催中に全国タイル業者大会において、それまでの化粧煉瓦、貼付煉瓦、装飾煉瓦、貼瓦、敷瓦、タイル等の様々な名称で呼ばれていた「建築物の壁・床を被覆する薄板上の陶磁器」が、「タイル」という名称に統一された。この時以来「タイル」は、その語源でもある「被覆する」という意味合いが強く位置づけられ、構造材として使用される煉瓦とは区別されて呼ばれてきた。今回、この「タイル」の魅力を紹介する機会をいただき、タイルの起源から最新のタイル事情までを以下の6回に分けて紹介したい。
T. タイルの起源−ピラミッド地下内壁を飾ったタイル
U. タイルの発展―イスラム文化で発展したタイル装飾
V. タイルの工業化―マヨルカ島からヨーロッパ全土へ、そして産業革命によるタイル工業化
W. タイルの東西交流―海のシルクロードにより日本へ
X. 日本でのタイル普及―敷瓦から帝国ホテルすだれ煉瓦
Y. 最新のタイル事情―新しいテラコッタの普及と欧州床タイルの流入
T.タイルの起源 ピラミッド地下内を飾ったタイル
1. はじめに
 有名なギザの三大ピラミッドが建設される数百年前に、最古(B.C.2650)のピラミッドとして知られるジェセル王ピラミッド(図1)がエジプトのサッカラに建設された。この地下通路の壁面にトルコブルー色の陶磁器片が大量に使用されていた(図2)。この陶磁器こそが「建築物の壁・床を被覆する薄板状の陶磁器」すなわち「タイル」の起源とも言うことができる。
 このタイルは、カイロ博物館、大英博物館、ルーブル美術館、さらに愛知県常滑市の「世界のタイル博物館」にも展示されている。筆者らはこのタイルを分析する機会を得、この分析結果と、結果から製造方法の推定とその検証実験を行った。
ジェセル王ピラミッド 右壁画は中央シャフト左側にあった タイル壁画の様子
2. 古代エジプトタイル分析結果1)
2-1. 色合いと形状
 分析に用いた古代エジプトの施抽タイルの写真を図3に示す。タイルの表面はやや緑味をおびたトルコブルー色を呈し、寸法約40×60mmで、縦槙方向に丸みを帯びている。裏面には、施工に用いられたと考えられる貫通孔を備えた突起部(約20×40mm)が設けられている。
古代エジプトの施抽タイル
2-2. 成分分析
 素地部分の化学組成を調べ、構成鉱物について調べた。この結果、タイル素地はほとんど石英のみから構成されており、現代の陶磁器で主として用いられる粘土原料はほとんど使用されておらず、Na、K、Ca、Mg等のアルカリ成分とSiから構成されるガラスに近い成分からできていた(表1)。
 次に、釉薬部の分析の結果、釉層の厚さは最大約200μmで、発色成分として銅(Cu)が用いられていた。またガラス形成に必要なアルカリ成分としてNa、Caが不均質に分布し、特殊な成分としてリン(P)も少量含まれていた(表1)。
2-3. 焼成条件分析
 焼成温度は、ガラスが融ける温度を1000℃以上と推定する。分光式色差計を用いて釉薬の色合いから焼成された窯内の雰囲気を推定した結果、中性−酸化雰囲気で焼かれたものであることがわかった。
タイル素地(Body)及び釉薬(Glaze)部分の成分分析と砂漠の砂(Sand)の成分分析 ツタンカーメン黄金のマスク
3. 古代エジプトタイル製造の目的
 このタイルの製造方法を推定する前に、このタイルの製造目的を推測した。光の届かないピラミッドの地下に、なぜこのような陶磁器を壁面に貼る必要があったのだろうか。この理由を、現在も宝石として親しまれているトルコ石の色合いで壁面装飾したかったと考えてみた。
 トルコブルーの色合いは空と海の色合いに通じることから、魔除けの意味合いを持って古代エジプトの王たちが好んで使用したと伝えられている。当時使用されていた装飾品には多くのトルコ石が使用されると共に、同様の焼き物が数多く使用されていたのはこのためであろう。たとえば、ツタンカーメン(BC1367-1349)のマスクや棺にも多くのトルコブルーの焼き物が使用されている(図4)。このトルコブルー色をした焼き物をエジプト学者は、エジプトファイアンスと呼んでいる。
 すなわち、トルコブルー色をしたこのタイルの製造目的はトルコ石の色合いの壁面を暗闇の中につくるという目的であったと考え、トルコ石を模倣するための手法を考えることで当時の製造方法を推定した。
4. 製造方法の推定(仮説の立案)
 トルコ石の模倣方法を分析結果から推定するならば、以下のようになる。
 粘土をほとんど含まないガラス成分に近い分析結果は、当地の砂漠の砂の成分に何らかのアルカリ成分を加えたものと考える。このアルカリ成分は、当時ミイラの作成に必需であったナトロンと呼ばれる炭酸ナトリウムから得たものと推測した。すなわち砂漠の砂と炭酸ナトリウムを、樹液等の有機物で形をつくり焼成することで、素地を作成したと仮説を立てた。
 次に釉薬部分であるが、その釉面の厚さと成分分布の不均質性から、ガラス成分を塗布してから焼成する一般的な施釉方法ではなく、焼成中にアルカリ成分(Na)を燃料と同時に投入し、蒸気として窯内に充満させ素地に蒸着させることで表面にガラス層を形成する手法を用いたものと考えた。すなわちトルコブルーの発色方法は、当時装飾品として切削加工されていたトルコ石の切削粉をアルカリ成分と一緒に窯の中に投入したという仮説を立てた。トルコ石の成分は、主に銅(Cu)とリン(P)から成り、釉薬の分析結果に含まれている。
5. 仮説の検証
 粘土をまったく使用しない素地の再現は、平均粒径約100μmの珪砂を主原料に、炭酸ナトリウムを加え成分分析結果を同じように調整した。この粉末にバインダーとしてメチルセルロースを加え、少量の水を用いて成形した。
 焼成に用いる炉は耐火煉瓦を用いて自作し、ガスバーナーにより中性から酸化の雰囲気で焼成を行った。温度が1000℃に到達後、炭酸ナトリウム:炭酸銅=5:1に混合した粉体を炉内に投入し、揮発したNaとCu成分を、供試体表面へ蒸着させた。焼成後得られた供試体は曲げ強度1MPaと小さかったが、表面のガラス層はオリジナル同様、斑点状に釉薬層が発達し、トルコブルー色を呈しており、仮説を検証することができた。(図5)  
6. おわりに 仮説検証試験炉と再現タイル
 トルコ石を模倣するために、砂漠の砂を炭酸ナトリウムで焼き固め、トルコ石の粉を窯の中に投入したのではないかという仮説を立証することができた。
 この手法が考古学的に正しいのかについては定かではない。しかしながら、タイルの起源が、宝石としてのトルコ石を模倣したものであり、装飾目的で用いられたものと考えることは間違いのないところであろう。このことは、タイルの装飾材としての重要性を再認識させられる事実でもあった。
参考文献
1)後藤泰男、進博人、福岡重隆、石田秀輝、『古代エジプトタイルの内壁タイルのキャラクタリゼーション』、遠赤外線協会誌(1995)vol6.
ごとう・やすお|1959年福島市生まれ。1985年豊橋技術科学大学物質工学修了、INAX入社、現在に至る。過去にセラミックス楽器開発、古代エジプトピラミッド使用タイルの分析、テラコッタルーバーの開発等を担当