第4回 閉鎖施設の有効利用
ホテル建築の有効利用(1) 施設の変更・閉鎖の動向
高井宏之
(名城大学理工学部建築学科 教授)
ホテルの寿命は30 年?
 10年ほど前、ホテル開発に関する書籍1)の執筆メンバーに加わった。この書籍ではホテルタイプ別に、市場での位置付け・戦略や計画のポイントと共に、新築開業後30年間の事業収支予想が示された。しかしこの期間を超えた建物の利活用については全く触れられず、30年がホテル経営継続の暗黙の目安となっていた。
 一方、我が国のホテル数は戦後増加の一途を辿っている。これは交通インフラなどの生活環境や、ホテルを気軽に使いこなすといった人々のライフスタイルの変化の中で、ホテルが確実に需要を獲得し成長を遂げてきたためである。しかし、その各時代の節目においては新しい業態のホテルが登場し、その陰で30年を経ずして競争に敗れ、消え去るホテルも多く存在していた。
 このような状況に置かれたホテルは、開業後の時間経過の中でどのように変化し、また姿を変えているのか。今回と次回でその実態を紹介する。
10 年間で18%が変更・閉鎖
 我が国のホテル数は約8,000と言われ、日本ホテル年鑑2)にはその中の比較的大規模なものがほとんど掲載されている。この1993 年版または1995 年版に掲載の2,101のホテルを研究対象とし、2002年版に同一名称のホテルが不掲載のものについて、電話確認、インターネット検索および各地域の観光協会や市町村等への問い合わせを行い、各ホテルの存在や現況を確認した。(2004年中旬に実施)
 その結果、1993年以降の10年間における変化の状況(表1)について、何らかの変化が起きているケース(変更+閉鎖)は18%であった。またこれらの細目のうち、最も多いのが「名称変更」であり、リニューアル時等において名称も変えイメージ一新という行動パターンがあるようだ。また「名称・経営者変更」も多く、経営難に陥ったホテルの経営権等を別の企業が買い取り、再生するケースも多々あることが分かる。一方「閉鎖」の細目では「建替え」が最も多く、有効利用手法の一つである「用途変更」は、必ずしも多いとは言えない状況にある。
 また、立地別の変更・閉鎖の状況(図1)をみると「その他」以外が多く、ホテルの変更・閉鎖は「都市部の問題」としての色彩が強いことがわかる。
 変更・閉鎖事例の竣工年との関係(図2)では、「閉鎖」で竣工年の古いものが多く、ホテル開業後に周辺に競合ホテルが出店する中で徐々に競争力を失い、閉鎖を余儀なくされる状況が見て取れる。
表1 10 年間のホテルの利用状況の変化
日本ホテル年鑑1993 年版から1995 年版に掲載の事例
2101
変化
なし
1724
変更 234 閉鎖 143
名称
変更
149
名称・経
営者変更
85
用途
変更
25
遊休化
23
更地
23
建替え
60
解体
4
不明
8
※ 
名称変更: ホテル名称のみが変更
名称・経営者変更: ホテル名称かつ経営者が変更
用途変更: 旧ホテルの建物躯体等を再利用し、現在他用途で利用
遊休化: 旧ホテルの建物は現存し、現在何にも利用されていない
更地: 旧ホテルの建物は解体され、旧ホテルの土地には現在何も建物が建てられていない(立体駐車場は建替え、平面駐車場は更地として扱った)
建替え: 旧ホテルの建物を解体し、新たに建物を建設
解体: 建物が解体されたまでは確認できたが、その後が不明
不明: ホテルが閉鎖されたまでは確認できたが、その後が不明


図1 立地別の変更・閉鎖の状況


図2 変更・閉鎖の状況と竣工年   


図3 「閉鎖」事例の現況と竣工年


図5 「用途変更」事例の現用途とホテルの種類
閉鎖後の現況への影響要因
 「閉鎖」事例の現況と竣工年(図3)では、建物が現存する「用途変更」「遊休化」に築年数の浅いケースが多い傾向にある。これは当然、耐震基準との関係が深いが、現況に影響する要因としては立地(図4)の方が影響度は大きい。
 具体的には、「遊休化」「更地」の立地には「その他」が多いのに対し、「建替え」は「政令指定都市及び東京23区」が多い。つまり、土地の利用価値や価格が高い大都市においては、建物よりも土地の有効利用が注目され、「建替え」が積極的に行われていることがわかる。


図4 「閉鎖」事例の現況と立地


図6 「建替え」事例の現用途と立地
閉鎖後の用途への影響要因
 次に「用途変更」事例について、現用途と閉鎖前のホテルの種類(図5)を見る。現用途としては集合住宅と医療・福祉が多いが、前者はビジネスホテルに、後者はシティホテルに多く見られる。ホテル建築は、異なる空間特性をもつ料飲部門と客室部門からなるが、用途変更においては、この既存建築の空間特性との適合性が現用途の決定に大きく係わっていると推測される。
 「建替え」事例については、現用途と立地との関係(図6)を見た。現用途としては集合住宅、オフィス、宿泊施設が多いが、前二者は「政令指定都市及び東京23区」に多く立地する。これは現時点でのその立地のもつポテンシャルを最大限に生かした用途が選択された結果と考えられるが、集合住宅は分譲のケースが極めて多いことが着目される。これは、土地が有効利用されているというよりも、「処分」されていると理解できる。実際、別途、分譲集合住宅の事業主等に行ったアンケート調査では、ほとんどのケースで既存建物の再利用は全く検討されていなかった。
日本にこそ必要な有効利用
 ホテルの料飲部門の需要は景気の影響を受けやすく、また日本人は新築のホテルを強く志向する。そのため、日本では竣工時点のニーズを反映した後発ホテルが極めて有利となる。このような特性を持つ我が国のホテルには、その有効利用に関して特段の配慮が必要である。次回は、名称・経営者変更や用途変更の具体的事例を紹介し、その傾向と有効利用策について考察する。
参考文献
1) タイプ別ホテル開発運営実務計画資料集、綜合ユニコム、1997
2) 日本ホテル年鑑、オータパブリケーションズ(毎年発行)
3) 中村光将・高井宏之:過去10 年間の変更・閉鎖された事例の実態と計画特性-閉鎖・変更されたホテルの有効利用に関する研究 その1、日本建築学会大会学術講演梗概集 E-1分冊、pp.37 - 40、2005
たかい・ひろゆき| 1957 年岡山県生まれ。1982年京都大学大学院修士課程修了、博士(工学)。㈱竹中工務店技術研究所 主任研究員、三重大学工学部建築学科 助教授を経て、2008年より現職。
専門は建築計画・住宅計画。主な共著書に「現代社会とハウジング」(彰国社)、「大規模集合住宅における共用空間・施設の経年変化に関する研究」(.住宅総合研究財団)「建、築・まちづくりの夢をカタチにする力―建築企画事例から考える環境のデザイン」(彰国社)がある。