JIA愛知建築セミナー「明日をつくる建築家のために」
シリーズ6「地域から世界へ」第6回

山梨方面へ建築見学、保坂猛氏とともに
( 田中義彰/TSCアーキテクツ )
 去る4月17 ~18日、JIA 愛知建築セミナーシリーズ6「地域から世界へ」の締めくくりとして、宿泊見学会が行われた。参加者は30人。
<17日>
 晴天のもと、朝9時に名古屋を出発し、3時間で小淵沢(山梨)に到着。
 最初の見学先は、2008年JIA日本建築大賞の中村キース・へリング美術館(設計:北川原温)。まだ少し雪が残っており、外壁の黒 (杉坂斜め貼り)と雪のコントラストが美しかった(少し建物の傷み具合が気になったが)。
 その後、宿泊先であるリゾナーレ小淵沢(設計:マリオ・ベリーニ)に到着し、施設を見学。1992年完成であるが、手入れが行き届いており、森の中に中世ヨーロッパの小さな街が現れたという印象。
 施設内には、クラインダイサムアーキテクツが、白い葉っぱが開閉するチャペル「リーフチャペル」、シルバーの矩形が木々を映し込んで突出しているパーティ会場「ブリラーレ」と「もくもく湯」を設計している。ホテル側の計らいもあり、夜にはシェルの葉っぱの開閉も見せていただけた。「もくもく湯」は、小さな円形の温浴施設で、露天風呂では木々に囲まれながら星を眺められる。
 夕方からは、保坂猛氏による「屋内のような屋外のような建築」の講義。近作の「ほうとう不動」「本郷台チャーチスクール」を中心にレクチャーしていただいたが、私が受けた印象は「ピュアな考え」とそれを支える「確かなテクノロジーによる検証作業」。
 「ほうとう不動」は富士山から雲が下りてきて、ただシェルがかかっただけで、まだ建築になっていないような、人工的なコントロールがほとんどされていない、内のような外のような建築をイメージさせている。
 「本郷台チャーチスクール」は、森の中に溶け込んだ建物を実現するために、木造フレームにガラス耐震壁を使った5つの鉄骨のコアが挿入され、透明性を実現させ、人と自然の関係をより身近にしようとする試みをしている。
 夕食は、保坂夫妻との懇親会を兼ねて大いに盛り上がった。


保坂猛氏
ほうとう不動にて記念撮影 懇親会の様子
<18日>
 清春芸術村にて、茶室徹(設計:藤森照信)を見学。見ていて飽きない建物で、何も考えずにつくっているかのように見せて実は非常に計算高い建物。
 続いて吉田五十八の住宅(外観のみ)、 清春白樺美術館、ルオー礼拝堂(いずれも設計:谷口吉生)を見学。特に印象深かったのは、ルオー礼拝堂だ。3つの円が重なった平面形状をしているのだが、中に入ると曲面にこぼれるハイサイドライトと、円の重なりに収束するようにつくられた天井が、柔らかく、また精神性の高い光の空間をつくっていた。
 お昼には、「ほうとう不動」に到着。1回目のレクチャーでお世話になった前田紀貞氏もスタッフとワンちゃんを引き連れて駆けつけて下さった。
 保坂氏がレクチャーで話されていた通り、照明器具がほとんどない状態でも反射光で明るく、大きなかまくらの中にいるような印象。天気も良く、「富士山から舞い下りた雲」といったスケールが大きく、関わった人々の「営為の総量」を感じる建物だった。
 最後に訪れた旧岸邸( 設計: 吉田五十八)は、現代数寄屋の象徴ともいえる作品で、氏が常に新しいものを取り入れながら、自らの美を追求してきたことが伺えた。
 このセミナーを通じて新旧の名建築に触れ、講師の方々との交流の中で感じたことは、「建築家」とはアイデアを単にアイデアで終わらせるのではなく、飽くなき追求心をもって検証をするということ。そして古きを学び、決して壊古主義に陥ることなく、そこから新しい何かを見つけ出していくことが常に必要なのだと自省した。そうした姿勢は、この混迷の時代に未来を見据えるためのぶれない道標となるのではないかと思う。
参加者の声
●今回の建築ツアーで感じたこと。自分のスケールの範疇を逸脱した空間に心をとらえられたということ。初めは驚き、だけども自然と長く居座ってしまうような。そしていつまでいても飽きないような。圧倒されるスケールに出会ったときに自分のスケールが触発されていくのが分かる。それが自然のものであっても建築であっても。触発されているその感覚はとても楽しい。でもやはり自然だけではない、建築と自然との融合に非常に魅力を感じてしまう。
 今回訪れた「ほうとう不動」。ただそこにそびえ立つ富士山と、雲を意識してつくられたモコモコとした建築とが織りなす風景は自然と人工物。本当はとても不自然なはずが、なぜだか、ほぅ、と腑に落ちた。確かに、見学の前日に行われた保坂さんの講演では、設計に至るまでの実にさまざまな物事の見解や理解しやすいコンセプトの説明で非常にきれいに辻褄が合っていた。でもそれはあくまでも「ほうとう」を食べる人間の原始的な現象と自然の摂理に正面から向き合うという内容に思えたのだが、私が雲の建築の外に出て富士山に向かい合ったとき、まさに雲の建築も、もう雲ではなく、やはりひとつの建築として文字通り、富士山に向かい合って建っている気がした。(高橋晶子/千手堂設計室)
●日頃の仕事を漫然と続けているだけではいけないと、この年になって思い立ち初めて参加した建築セミナー。宿泊見学会は、なかなか行く機会のない山梨方面で、中村
キース・ヘリング美術館や清春芸術村、吉田五十八氏設計の岸信介邸などを見学し、貴重な経験をすることができました。どこも記憶に残る素晴しい建築でしたが、小淵沢だけではなく、お隣の諏訪地方にも数多くの美術館や博物館があることを知り、ぜひプライベートでもう1度訪れてゆっくりと見学をして回りたいなと思うと同時に、豊かな自然の中に溢れる文化の風を感じ、うらやましいと思わずにはいられませんでした。
 また、若手建築家、保坂猛氏の講演を聞き、次の日にはその作品のひとつである「ほうとう不動」の店舗に立ち寄り、実際に触れることができたことは収穫でした。作品のコンセプトである「屋内のような屋外のような建築」の意味を知り、その発想の新鮮さに驚くと共に、実現させるパワーに感心しました。設計中はもちろん、施工中の苦労話を聞かせてもらった上での見学でしたから、より一層身近なものに感じましたし、その限りないパワーをおすそ分けしてもらったような気分で家路につくことができました。  (豊田由紀美/Y's建築設計事務所)
●春をひとくくりにしたような道中であった。季節はずれの大寒波が山々を彩る白銀、満開を迎えた桜と桃。冷えきった大地に咲きはじめたリンゴ花の白、チラホラ芽吹き始めた新緑。
 印象深かった建築を挙げよう。谷口吉生氏の「ジョルジュ・ルオー記念館」は幾何学平面をもつ礼拝堂。白い吊り天井に差し込む光が柔らかい。単純な空間構成からは想像できなかった内部空間の豊かさである。保坂猛氏の「ほうとう不動」は雲を模し、自由曲線のみで構成されるシェル構造の建築である。白い洞窟状の空間に足下からの光が回り込み、ぼんやりとした空間をつくり出す。偶然立ち寄った大学生が「え、美術館?」と立ち尽くしていた。観光バスからの高い視点も興味深い。いつもと違う風土の違いに気づかせてくれる。建物の見学中、移動の車中では建築談義が途切れることなく続く、万年建築少年・少女たちの愉快な一行であった。
 集って建物を見るというのは(大概、傍迷惑なのだが)、建築家にとって最良の学習の機会である。特に、多種多様な建築関係者が集う旅の機会はそうそうない。本セミナーはまさにJIAならではの活動といえよう。貴重な機会を与えてくれた関係者の尽力に感謝したい。( 向口武志/名古屋市立大学)