木とながくつきあう⑥
そして次世代へ

石山央樹
(中部大学工学部建築学科 講師
いしやま・ひろき|
1975年静岡生まれ。
1998年東京大学工学部建築学科卒業、
2000年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程終了。
同年住友林業株式会社入社。
2009年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。
2010年より九州大学非常勤講師、
2012年より中部大学講師。
専門は木質構造、木質材料、耐久性、建築構法。
博士(工学)、技術士(建設部門)、一級建築士
 本連載ではこれまでに、木材をながく利用するための基本と、伝統的な知恵について紹介してきた。最終回は、最新の研究成果を紹介しながら、改めて木材や木造建築の耐久性について考えてみたい。
耐久性とは 
 耐久性とは何かと聞かれて答えられない人はいないだろう。耐久性とは、「長持ちさせることができる性能」である。ではもう一歩踏み込んだ、「長持ちさせるとはどういうことか」ということに関しては、あまり意識されることがないのではないだろうか。よく考えてみると、「長持ちさせる」という言葉は実に曖昧で、ケースバイケースでその意味が異なってくることがわかるだろう。例えば、構造部材であれば「構造性能を長持ちさせる性能」が耐久性であり、意匠上の部材であれば「審美性、すなわち美しい状態を長持ちさせる性能」であると言い換えられる。すなわち、耐久性とは、独立した性能ではなく、「ある性能を長持ちさせることができる性能」のことなのである。
   
錆びていない釘の荷重変形 表面が錆びた釘の荷重変形  
釘を強制発錆させてせん断実験 図1  釘発錆時のせん断性能確認実験 
建築はアッセンブル技術  
 ここで、建築技術というものをいま一度考えてみたい。工学技術によって生産されるものはほとんどそうであるが、建築はアッセンブル技術の最たるものの一つであろう。RC造は鉄筋とコンクリートのアッセンブルによって躯体が成り立っているし、鉄骨造も仕上げや設備などは鋼材以外の材料が組み合わされている。木造も例にもれず、現代的な木造建築では特に、その躯体は主に柱梁などの木材と接合部や接合部などの鋼材で成り立っている。
 単一の材料から成るものの構造性能の耐久性は、審美性の耐久性と関係が深いことが多い。単一の材料から成る部材の構造性能は断面積(厳密にいえば断面効率)に左右されるため、材料が傷んで審美性が低下することは、構造上有効な断面積が減少し、構造性能が低下することを意味するのである。
 一方、異種材料を組み合わせた部位の構造性能の耐久性は必ずしも審美性と関係があるわけではない。つまり、その部位を構成する材料単体が傷んでも、部位の構造性能が低下するとは限らない。例えば、材料Aと材料Bとの組み合わせからなる部位で、材料Aの性能がクリティカルな場合、材料Bが少し傷んだとしても、材料Aの性能が変わらなければその部位の性能は変わらないのである。また、構造性能を発現する際に材料Aと材料Bが互いに影響し合うような場合、どちらか一方あるいは両方の材料の劣化により構造性能発現機構が変化し、部位としての性能は全く異なるものになることもある。
 木造建築における釘接合部などはその顕著な例である。図1に示すのは、木材に打ち込まれた釘が錆びた場合、せん断性能はどのように変化するのかを調べた実験である。このグラフは、対象に荷重をかけて強制的に変形させる実験において、変形を横軸に、そのときの荷重を縦軸にプロットしたもので、グラフが上にあるほど、その部位が強い(同じ変形をさせるための荷重が高い)ことを示している。これによれば、釘が全く錆びていない状態よりも、少し錆びた状態の方が釘と木材が組み合わされた接合部としての性能はより高くなっている。これは、釘が錆びることによって釘が引き抜けにくくなり、その結果、せん断変形しにくくなった(同じ変形をさせるのにより高い荷重が必要となった)と考えられている。言い方を変えれば、木造建築における釘接合部の構造性能は、通常、釘が破断するのではなく、他の部材がクリティカルなので、多少釘の断面性能が低下しても直ちに接合部性能の低下にはつながらないのである。
 このように、建築物の耐久性を考える際は、部材単位ではなく、部位としてとらえることが重要である。
長期優良住宅 
 2009年に「長期優良住宅の普及の促進に関する法律」が施行され、建築基準法プラスアルファの耐久性を付与された住宅を長期優良住宅として認定し、税制優遇や住宅ローン優遇などの措置が行われていることはご存知の方も多いだろう。
 実は、この「プラスアルファ」の性能基準は、1999年に施行された「住宅の品質確保の促進等に関する法律」における「日本住宅性能表示基準」をベースにしたものであり、さらにこの「日本住宅性能表示基準」の技術的背景は、主に1980年から実施された建設省総合技術開発プロジェクトの成果によるものなのである。すなわち、これら長期優良住宅の技術的背景は、30年以上前の構法や知見を基にしているのである。
 そこで、2009年より、国土交通省補助事業「木造長期優良住宅の総合的検証事業 耐久性分科会」(主査:中島正夫関東学院大学教授)において、最新の研究成果を基として、長期優良住宅の技術基盤の再整理を行うこととなった。この事業では、劣化外力の再検討など、既存の情報の再整理を行うほか、新構法の実態調査や、シミュレーションを用いた各種構法の耐久性評価、接合部の構造性能変化の評価、接合金物の耐久性評価、維持管理のあり方に関する再検討など、(単位部材ではなくアッセンブル技術としての)新しい構法を意識した取り組みがなされている(図2)。詳細な内容については既報1)を参照されたい。  
 角丸四角形: ①	劣化外力の検討
②	保存処理の耐久性に関する検討
③	新構法住宅および中古住宅の健全度実態調査データの収集検討
④	接合部モデル試験による強制劣化評価
⑤	結露害シミュレーションによる各種構法の耐久性評価
⑥	接合金物・接合具の耐久性に関する検討
⑦	長期優良住宅における維持管理に関する検討
図2  事業の研究課題
そして次世代へ
 傷んだ部材や部位のみを取り換え、継続使用できる部分を活用するという方法は、古来より先人たちが培ってきた技術である。腐朽した柱脚を取り換える根継ぎや、外壁や屋根の葺き替え、さらには解体修理など、材料のポテンシャルを最大限に発揮しようとする技術は、材料が貴重であった時代には当然めざすべき技術であった。材料よりも加工費、施工費が多くを占めるようになり、また、材料の性能が格段に向上し、アッセンブルで性能を確保する必要が薄れてきた現在、残念ながら、維持管理に対する意識が薄れてきていると言わざるを得ない。しかしながら一方で、低炭素社会の実現のための木材のカスケード利用など、長期的なプログラムが注目されてきている。
 建築を空間的なアッセンブル技術としてとらえるだけでなく、時間的なアッセンブル技術ととらえ、最新の構法に最適化しながら、よいものを次世代に残していくという役割が、現代の建築技術者に求められているといえるだろう。(了)
参考文献
1)石山央樹:接合金物の耐久性に関する検討,木造長期優良住宅の総合的検証委員会 耐久性分科会 平成24年度成果報告集, pp.173-2004,2013年